奈良吉野旭亭のいつも賑やかな調理場がお気に入りの遊び場でした。
小さい頃から祖父である料理人「和泉 誠一」の現場を見てきました。
この写真で柱に寄りかかる人が祖父です。
その、今も鮮明に生きる印象深い調理場の思い出、原風景を少し。
奈良吉野旭亭は、料亭旅館でした。
当時林業で栄えたこの村には、沢山の常連さんが大人数で宿泊に来られていました。
毎晩の様に夜は宴会で賑わい、廊下では様々な大人が行きかい遅くまで活気に溢れます。
板前さん、番頭さん、仲居さん、運転手のおじさん、親族一同合わせて30人程
忙しなく動き廻る旅館と住居は同じ建築で隣接しており、中庭には提灯が彩り
祭りの様な風景に胸躍る私は、大抵外で遊ぶより、旭亭で遊んでいました。
幼少の頃、3歳位の頃、
その日何とも香ばしい煙に誘われ覘いた調理場では、
祖父が「鴨のロース」を炭火焼きしていました。
大きな瓶にあるタレに浸けては焼き、を繰り返しています。
いつもの事でしたが、
私が祖父の横に立つ時は調理の最中であろうと、丁寧に説明してくれながら端を一口放り込んでくれます。
「これが鴨のロースっちゅうやつや、旨いやろ?」
身は蕩ける様に柔らかく、皮はパリっと香ばしく、中から肉汁が染み出て口内に広がります。
あまりの美味しさに一瞬固まります。
専門用語を使い、言葉数は少ないのですが目前の工程を解説してくれています。
「この味を覚えとくんやで」
と優しい口調で微笑んでくれました。
お客さんに出す品なので、それ以上ねだっても貰えませんでしたが、
思い返せば、味醂と酒と和三盆の甘味がまろやかに、醤油とダシの旨みを引きつれ後を追うこの味が
私の「焼きタレ」や「かえし」の基準になっています。
料理人として、今に活かされている沢山の事を
この祖父との何気ない日常から教わっていた気がします。